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Smily Books Blog

「すまいりブックレビュー」から引っ越しました。

「すまいりブックレビュー」(2013年まではこちら)

日本史の謎は「地形」で解ける 竹村 公太郎(PHP文庫)

 

日本史の謎は「地形」で解ける (PHP文庫)

日本史の謎は「地形」で解ける (PHP文庫)

 

1.関ヶ原勝利後、家康がすぐに江戸へ戻った理由

(1)早く利根川の治水工事したかったから
(2)新田開発(新たに土地を作る)できれば、戦国時代のゼロサムゲーム(土地の取り合い)から脱却できる

2.信長が比叡山延暦寺を焼き討ちした理由
 京都から見た鬼門(東北)の方角にある逢坂峠の向こうに比叡山があったから

3.頼朝が鎌倉に幕府を開いた理由
(1)安全(遠浅の海で海から攻められにくい、山側は常緑樹が覆う)
(2)清潔(その頃の京都周辺はスラム化し疫病蔓延、鎌倉は清潔な利水)

4.元寇が失敗した理由
 日本の陸地が沖積平野(泥)で、モンゴルの騎馬軍団が進めなかった

5.半蔵門江戸城の正門
(1)五街道(東海、中山、奥州、日光、甲州)のうち、甲州街道だけが半蔵門から江戸城に直結していた
(2)新宿通りは尾根道で安全
(3)服部半蔵は家康の命の恩人のため、名前が残った

6.徳川家が吉良家を抹殺した理由
(1)1300年代から300年間、矢作川の優位者(利水、治水の優先権)が吉良家、劣位者が徳川家だった
(2)征夷大将軍世襲するため、家康以降100年間も朝廷との仲介役に吉良家が必要だった

7.吉原が日本橋付近から浅草へ移した理由
 荒川の治水のため作った日本堤のソフトインフラ戦略だった

8.江戸時代まで日本の運輸上最も重要なのは船(水上交通)

9.京都が都になった理由
(1)日本海(大陸文明の玄関)から太平洋(雪が少なく生活しやすい)を短く繋いでいる濃尾(岐阜)に近い
(2)日本海から太平洋を繋ぐ途中にある琵琶湖は、濃尾でなく西に向かって下っており、船で移動すると京都にたどり着く